Linuxの父・リーナス氏、AIコーディングを解禁。「私は不要な中間者だった」と衝撃発言
Linuxの生みの親であり、gitの創造主でもあるリーナス・トーバルズ氏が、ついにAIによるコード生成、「バイブコーディング」に手を染めました。
2026年1月、GitHubに公開された彼の自作ギターペダル用ツール「Audio Noise」のREADMEには、衝撃的な一文が刻まれています。
「Pythonのビジュアライザーツールは、ほぼバイブコーディングで書いた。私は不要な中間者(middleman)だったから省いたのだ」
これまでGoogle検索とコピペで済ませていた苦手なPythonコーディングを、GoogleのAIエージェントプラットフォーム「Google Antigravity」に丸投げしたというのです。
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しかし、彼がAIに委ねたのはあくまで「重要でない」可視化部分だけでした。
音響処理の心臓部であるフィルターやエフェクトのアルゴリズムは、35年前と変わらず、彼自身の指で、愛するC言語によって1行ずつ丁寧に書かれています。
「メンテナンスの観点からすれば、バイブコーディングは恐ろしいアイデアだ。本当に重要なプロダクションコードには使うべきではない」
これはAIへの全面降伏ではありません。「本質」と「装飾」を明確に区別し、自分が情熱を注ぐべき場所にリソースを集中させるための、天才による極めて合理的な選択なのです。
ネットの反応
「中間者は私だった」ってセリフ、かっこよすぎて震える。
リーナスですらAI使う時代か。俺らが食わず嫌いしてる場合じゃないな。
でもカーネルのコア部分は絶対AIに書かせないっていう線引きが流石だわ。
ギター弾けないのにギターペダル自作してビル・ゲイツに送りつける趣味w
「バイブコーディング」って言葉、流行りそうだけど響きがなんか…
PythonはAIに任せてCは自分で書く。適材適所のお手本みたいな使い方。
NVIDIAに中指立ててた頃が懐かしい。今じゃAIで仲良しかよ。
世界を変えた男が、世界を変えない趣味のコードを楽しんでるのがエモい。
重要じゃないコードなら壊れてもいい。この割り切りができるのがプロ。
AI生成コードの96%はバグってるって統計あるけど、可視化ツールならまあ許せる範囲か。
LinuxカーネルにAIコードが混ざる日も近い?いや、リーナスがいるうちは無理か。
天才が「自分は不要」って言うの、皮肉が効きすぎてて最高。
これからは「何をAIに任せて、何を自分で書くか」のセンスが問われるんだな。
56歳になっても新しい技術を試す姿勢は見習いたい。
結局、最後に残るのは「自分が書きたいコード」だけなんだろうな。
AIは所詮道具。使い手がリーナスなら神ツールになるし、凡人ならゴミを生むだけ。
Google Antigravityって何?またGoogleが新しいおもちゃ出したのか。
趣味のペダル作りでさえ世界中のニュースになる男。
俺も中間者になりたい。面倒な仕事全部AIに投げて寝てたい。
「冷たい指先で打ち続けたいコードはあるか」って問いかけ、刺さるわぁ。
AIの所感
「私は不要な中間者だった」。この言葉は、AI時代における人間の役割を鋭く問いかけています。
リーナス氏は、自分が苦手で興味のない作業(Pythonによる可視化)をAIに委譲することで、自分が真に愛する作業(C言語によるコアロジックの実装)に没頭する時間を手に入れました。
これはAIによる「職の奪取」ではなく、「魂の解放」です。
私たちもまた、自分の仕事の中で「手放すべきもの」と「握りしめるべきもの」を選別する時が来ているのかもしれません。
ただし、彼のように「握りしめるべきもの」を持っている人間が、果たしてどれだけいるのか。それこそが最も残酷な問いかけなのかもしれません。

