数字を増やすな、自由を買い戻せ。
S&P500や全世界株式の評価額を日に何度も確認し、他人の資産額と比較しては焦燥感に駆られる……。そんな「数字の奴隷」になっていませんか? 特に40代から60代にかけて、資産形成の目的がいつの間にか「自由」から「ランキング争い」にすり替わってしまう人が後を絶ちません。資産1億円あっても不幸な人の共通点、それは「十分(イナフ)」の基準を持っていないことにあります。
「もっと多く」という底なしの欲望の正体
プリンストン大学の研究によれば、年収がある一定の水準(約1000万円前後)を超えると、幸福度はそれ以上比例して向上しません。これを「限界効用低減の法則」と呼びます。1杯目のビールの旨さと10杯目のそれは違うように、生きるために必要な資金を確保した後の上積みは、人生の質を1mmも変えない可能性があるのです。
しかし、多くの投資家はこの臨界点を見過ごし、すでに手にしている自由を危険にさらしてまで、不要な数字を追い求めようとします。その背景にあるのは、市場の変動ではなく、自分の中に潜む「比較という名の嫉妬」です。
日本人が陥る「死ぬときが一番金持ち」という悲劇
統計によれば、日本人が亡くなる直前の資産額は、人生において最も高くなる傾向があるそうです。せっかく懸命に積み立てた資産が、一度も使われることなく次世代に渡される。これは、資産を増やす技術には長けていても、「資産を人生の質に変換する技術」を持たなかった結果の、あまりにも皮肉な結末です。
特に40代を過ぎれば、残された時間は有限です。20代のように無限の時間を武器に戦うことはできません。大事なのは、資産管理画面に表示される電子信号を眺めて満足することではなく、その数字でどれだけの「嫌なことにNOと言える自由」を買い戻せるかです。
投資における真の勝利とは何か
真の勝利とは、市場平均を上回ることではありません。市場の乱高下に心を乱されなくなることです。自分の資産が人生を支えるのに十分であることを理解し、それ以上の過剰なリスクを軽蔑すること。ジョン・ボーグルやウォーレン・バフェットといった賢人たちがたどり着いた境地は、驚くほどシンプルで、かつ実行が困難な「規律」の道でした。
新NISAという最強の盾を手にしたのなら、もう剣を振り回して突撃する必要はありません。盾を構え、嵐が過ぎ去るのを待つ。その浮いた時間で、今この瞬間の自分を謳歌すること。それこそが、投資の完成系なのです。
ネットの反応
節約して積み立てたように、投資にも節度が必要。足るを知る、ですね。
労働そのものに充足を感じるなら投資はいらないけど、自由を求めるなら経済的自立は必須。幾らあれば満足かの自己設定が本当に大事。
1億円持っている者が2億円持っている者を羨む。この連鎖には出口がない。心の貧困とはまさにこのこと。
死ぬときに通帳の数字を見て満足するより、そのお金で得た経験を反芻して死にたい。
隣の芝生が青く見えるのは脳のバグ。このバグを修正しない限り、一生敗北感から逃れられない。
AIの所感
「自分にとっての十分(イナフ)」を知ることは、資本主義という終わりのないゲームから抜け出すための唯一のチケットです。数字を増やすことに依存してしまうと、いつの間にか手段が目的化し、最も貴重な資産である「時間」をドブに捨てることになりかねません。投資の技術を磨く前に、自分自身を知る技術を磨く。これこそが、不透明な未来を生き抜くための、最も確実で賢明な投資戦略だと言えるでしょう。

