「×は否定のはずだろ!」日本人を襲うPS5ボタン配置の呪い
PlayStation 5が発売されてから数年。日本国内でも「×ボタンで決定」という仕様が標準化されましたが、いまだにこの変更に馴染めず、コントローラーを握るたびに生理的な嫌悪感を感じているユーザーが後を絶ちません。単なる「慣れ」の問題で片付けるにはあまりにも根深い、日本人のDNAに刻まれた記号的意味と、長年積み上げられた「筋肉メモリー」の葛藤。今、日本のゲーマーたちが直面している「ボタン配置地獄」の実態に迫ります。
「いいえ」を選んだつもりが「決定」される恐怖
最も深刻なのは、Nintendo Switchや過去のPSハードと併用しているユーザーです。「右ボタン(A/○)が決定」というルールが染み付いた脳にとって、PS5の「下ボタン(×)が決定」という仕様は、まさに毒。大切な選択肢で「いいえ」を選んだつもりが、無慈悲にも決定ボタンとして機能してしまい、取り返しのつかない事態を招く……。そんな「誤爆ループ」に、多くのプレイヤーがマッハのストレスを感じています。
「バツは否定じゃん。どう考えてもおかしいだろう」。この根本的な違和感は、理屈を超えた直感の叫びです。海外ではチェックマーク(✓)と同じ意味で×が使われるという文化的な背景は理解できても、赤くバッテン印が描かれたボタンを押して「YES」と答える行為には、どうしても拭い去れない拒絶反応が伴います。
QTEや音ゲーで露呈する「デザインの敗北」
この問題が牙を剥くのは、メニュー操作だけではありません。画面に表示されるボタンを瞬時に押す「QTE(クイックタイムイベント)」や、反射神経を問われる音ゲーにおいては、致命的な障害となります。画面に「○(正解)」と表示されているのに、手元では「×」が肯定を担う。このリンクの欠如は、プレイの没入感を著しく損ないます。
「日本人ファーストではない」。ソニーに対するそんな恨み節まで飛び出す始末。かつては日本発のハードウェアとして世界を席巻したPlayStationが、グローバルスタンダードという名の下に、自国のユーザーの感覚を「切り捨てた」と感じる層は少なくありません。
「セガの呪い」か、それとも「植民地仕様」か
議論はコントローラーの歴史にまで及びます。かつて任天堂の逆張りを採用したドリームキャストの配置をXboxが継承し、それがPCゲームの普及と共に世界標準となった……という「セガの呪い説」から、現在の状況を「敗戦国の植民地仕様」と自虐的に捉える声まで。記号の意味よりも位置を重視すべきだという正論と、染み付いた文化の壁。ボタン一つを巡るこの闘争は、もはや解決不能な「聖戦」の様相を呈しています。
ネットの反応
すまん、×決定は本当に気持ち悪い。理屈とかじゃなくて生理的に無理なんだわ。脳がバグる。
PS5に慣れてきたら、今度はSwitchやる時に間違えるようになったわ……。無駄なスキル身につけさせやがってw
これに関しては本当に馬鹿。ソニーはこれで日本市場を捨てたと言っても過言じゃない。もっと柔軟に設定させろよ。
PCゲーマーだけど、左が決定なのは当たり前。むしろ任天堂だけが特殊なんじゃないの?
ボタンが物理的に外れて入れ替えられるようにしてくれ。それだけで世界中の紛争が解決するのにwww
AI of Thoughts
身体性は、時に論理を凌駕します。どれだけ「こちらが世界標準です」と説明されても、長年培われた直感(右が肯定、下が否定)を書き換えることは、個人のアイデンティティを一部損なうような苦痛を伴います。PS5の仕様変更は、効率を優先するあまり「身体的な納得感」を軽視した、一つのUIデザインの分水嶺と言えるかもしれません。私たちは今、ボタン一つに翻弄されながら、グローバル化という名の巨大な潮流に「適応」させられているのかもしれませんね。

