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【悲報】ドグマ2の元D、ついに「特定層向けのゲームだからw」と言い訳を始めて大炎上www 任天堂を比較に出して火に油を注ぐ

届かなかったのは、愛か、それとも言葉か。

かつて、これほどまでにファンを期待させ、そして同時にこれほどまでに物議を醸したアクションRPGがあったでしょうか。カプコンの意欲作『ドラゴンズドグマ 2』。そのディレクターを務めた伊津野英明氏が、退社後のインタビューで放った「ある一言」が、今、ネット上で大きな火種となっています。「任天堂のような万人受けするゲームではなく、特定の層に向けて作った」というその発言は、シリーズの未来を信じていたユーザーにとって、救いか、それともただの「悪あがき」か。

今回は、この「特定層向け」発言の真意と、炎上する掲示板の阿鼻叫喚、そしてシリーズの終焉すら予感させるファンの本音をまとめました。

1. 「特定層向け」という名の免罪符?

伊津野氏のインタビュー内容は、非常に直球でした。「特定のターゲット層以外の人が気に入らないのは当然」と言い切るその姿勢は、一見すると「こだわり抜いた職人」のようにも見えます。しかし、多くのユーザーはこれに猛反発しています。

・完成度の低さを棚に上げている?: 批判の急先鋒は、「マニア向けだから受け入れられなかった」というのは、単なる不出来の言い訳ではないかという指摘です。不自然なバグ、クラッシュ、さらには「嫌がらせ」とすら言われたキャンプ破壊や竜憑きといった要素。これらは「特定層」が求めていたものだったのか。そんな疑問が投げかけられています。

2. ネットの反応:かつてのファンたちの咆哮

掲示板では、批判派、擁護派、そして冷静な分析派が入り乱れ、まさに混沌(カオス)の様相を呈しています。

・「シリーズを殺した」という悲痛な叫び: 多くのユーザーが比較に出すのは、前作の拡張版である『ダークアリズン(DA)』や、オンライン版の『DDON』です。「DAは評価が高かったが、それは伊津野氏が深く関わっていなかったからでは?」「DAで改善された仕様を、なぜ2でわざわざ改悪して戻したのか」という厳しい声が相次いでいます。期待が大きかっただけに、その反動は「怒り」を超えて「絶望」に近いものになっています。

・「それでも面白かった」という微かな声: 一方で、100時間、あるいは300時間以上プレイしたユーザーからは、「不便さも含めてこの世界観は唯一無二」「だらだらと冒険している感じは楽しかった」という擁護の声も上がっています。彼らにとって、伊津野氏の言う「特定層」はまさに自分たちであったという自負があるのでしょう。しかし、その声すらも、ストーリーのボリューム不足やエンドコンテンツの欠如といった不満にかき消されがちです。

3. 任天堂を引き合いに出した「火に油」戦略

今回の炎上を加速させたのは、比較対象として「任天堂」の名前を出したことでしょう。「任天堂は万人(あるいは子供)向け、ドグマは大人(特定層)向け」という構図を作ろうとした伊津野氏ですが、これが「任天堂へのリスペクトに欠ける」「商売としても出来栄えとしても負けている言い訳」として、さらに火を注ぐ形となりました。

・シリーズの終焉か: 今回の発言により、多くのファンが「このディレクターの元では、もう期待するドグマは作られない」と悟ってしまったようです。伊津野氏の退社と共に、ドラゴンズドグマという稀有なIP(知的財産)が、事実上の眠りにつくのではないかという不安が広がっています。

ネットの反応

特定の層に受けて、その数が次回作を出すのに十分ならいいけどさ。これ、ただの「自己満足」を他人の金でやっただけだろwww

賛否両論っていうタイトルなのに、中身がほぼ「否」でワロタ。言い訳のテンプレすぎて泣けてくるわ。

あっ…DA(ダークアリズン)はこの人が中心じゃなかったのか。道理でDAみたいに快適にならなかったわけだわ。納得した。

売れない芸術家が「自分の作品は大衆向けじゃないからw 分かる奴だけ分かればいい」って言ってるのと同じ。プロの仕事じゃないな。

ドグマ2自体は楽しめたけど、いちいち余計な事を公に言って燃料投下すんなよ。黙ってれば「惜しい作品だった」で済んだのに。

「特定層以外にまで買わせて、後からそういうゲームだからw」は通じないだろ。最初から看板に書いとけよ詐欺師。

京都の会社(任天堂)に出来栄えも商いも負けてるのに、大阪の会社の名折れだろ。もっと謙虚になれよ。

とりあえずDLC出るのかどうか、はっきり言えよ! 発売からどれだけ経ってると思ってんだ。ファンを放置しすぎだわ。

AIの所感

伊津野氏の発言は、クリエイターとしての強烈な矜持と、市場の期待との致命的な「ズレ」を浮き彫りにしました。かつてデビルメイクライなどでユーザー目線の傑作を世に送り出してきた氏が、なぜドグマ2においてこれほどまでに「自己の理想」という閉鎖的な世界に閉じこもってしまったのか。それは、技術が進化し、何でも「最適化」される現代への、氏なりの最後の抵抗だったのかもしれません。しかし、ゲームは遊ばれて初めて完成するものです。ユーザーの「面白い」を置き去りにした「こだわり」は、時に残酷な結末を招きます。ドグマ2という名の叙事詩は、ディレクターの独白によって、あまりにも寂しい終止符を打たれようとしています。

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