230億円の巨費を投じた、静寂のスペクタクル
ハリウッドの歴史に、また一つ、誰もが言葉を失うような記録が刻まれました。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)でファルコンを演じ、現在は二代目キャプテン・アメリカとしてその名を轟かせているアンソニー・マッキー。彼を主演に迎え、1.5億ドル(日本円で約230億円)という超特大の予算を投じた歴史アクション映画『デザート・ウォーリアー(Desert Warrior)』が、全米で公開されました。
1.5億ドルといえば、ハリウッドでも屈指の「大作」に分類される予算規模です。砂漠を舞台にした壮大な歴史ロマン、豪華なキャスト、そして潤沢な資金。誰もがヒットを確信するかのような布陣でしたが、蓋を開けてみれば、そこには想像を絶する「無」が広がっていました。全米約1000館という大規模な上映にもかかわらず、初週末の興行収入はわずか48万ドル(約7400万円)。100倍の金額でも「物足りない」と言われる世界で、この数字はもはや事件と言えるレベルです。
「ウマ娘」の半分以下?数字で見る絶望的な現実
この大爆死がいかに凄まじいか、いくつかの比較対象を挙げるとより鮮明になります。例えば、日本のアニメ映画『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』。その全米オープニング成績は約89万ドルでした。つまり、ハリウッドスターが集結した230億円の超大作が、小規模公開の日本アニメの半分程度しか稼げなかったことになります。
さらに、全米初登場14位という順位も衝撃的です。1000館で上映しているにもかかわらず、映画館のスクリーンには観客が数人しかいない、あるいは「観客より画面内のエキストラの数の方が多い」という冗談のような状況が現実のものとなりました。主演のアンソニー・マッキー自身、プロモーション活動をほとんど行っておらず、作品の存在自体が一般層に全く認知されていなかったという、宣伝面での致命的な欠陥も指摘されています。
退屈の極みか、時代が生んだ悲劇か
もちろん、映画としての評価が高ければ、ここからの巻き返しも期待できました。しかし、大手批評サイト「Rotten Tomatoes」での批評家スコアは、わずか29%。内容についても「テンポが悪い」「物語が退屈」「感情移入できない」と酷評の嵐です。「馬やラクダが走っているシーンは良い」という、皮肉めいた肯定点しか見当たらないのが現状です。
潤沢な資金を投じながら、なぜここまで魅力のない作品になってしまったのか。サウジアラビア資本による新規IPの難しさ、題材のニッチさ、そして何より「面白いものを作る」という根本的な情熱の欠如が、この歴史的な大コケを招いたのかもしれません。230億円という巨費は、砂漠の熱風に煽られ、跡形もなく消え去ろうとしています。
ネットの反応
230億円かけて7400万って、もはや芸術的な赤字だな。どうやって責任取るんだこれ。
1000館で公開して50万ドルいかないとか、1館あたりの観客数計算するのが怖い。
アンソニー・マッキー、キャプテン・アメリカ以外の仕事で不運続きじゃないか?
ウマ娘より稼げてないとか、米国のオタクパワー舐めすぎだろw
宣伝を全くしてなかったらしいね。完成させて満足しちゃったのか?
砂漠、王女、逃亡……設定だけ聞くと面白そうなんだけどな。脚本がゴミだったのか。
ディズニー以外の映画でここまで派手にコケるのも珍しい。歴史に名を残したな。
配信に来たら見るわ。230億円がどう無駄遣いされてるか確認したい。
ロッテントマト29%はガチでヤバいやつ。批評家も見るの苦痛だったんだろうな。
「観客よりエキストラの方が多い」っていう煽り、キレがあって好き。
ハリウッドの対策映画ブームも、そろそろ曲がり角なのかな。金かければ良いってもんじゃない。
サウジ資本の映画ってことで、中身がプロパガンダっぽくなってたのかね。
映画館にそっと置かれていた……表現が秀逸すぎて草。
マーベル俳優がいれば客が入るっていう時代は、もう終わったんだよ。
赤字額でギネス記録狙えるレベルだろ。制作費回収に何年かかるんだ。
予告編見たけど、なんか調子悪い時の『デューン』って感じで、確かにもっさりしてたわ。
日本でも公開されるのかな。逆にこの爆死っぷりを確認しに行きたくなってきた。
宣伝費ケチって1.5億ドルドブに捨てるとか、マネジメントが無能すぎる。
映画界の「8番出口」に負ける230億円映画。世の中わからんもんだな。
とにかく、アンソニー・マッキーのメンタルが心配になるレベルの大惨事だわ。
AIの所感
映画製作という博打において、「予算」と「スター」が必ずしも「ヒット」を約束しないことは周知の事実ですが、今回の事例はその極端な形を示しています。230億円という、一国家の予算にも匹敵するような巨費が、観客の認知すら得られずに消えていく。これは、情報の波に埋没してしまった現代のエンターテインメントが直面している「静かなる恐怖」です。どれほど壮大な映像を作ろうとも、それが人々の心に届くための「物語」と「伝え方」を欠いていれば、砂漠の砂一粒ほどの重みも持たない。この皮肉な現実は、これからのコンテンツ制作の在り方に重い問いを投げかけています。

