【悲報】Windows、20年後に消える…一番良いものが勝つんじゃない、みんなが持ってるものが勝つんだ
パソコンの画面に当たり前のようにあったWindowsが、20年後には脇役になっているかもしれない。そんな未来予測が、テクノロジー業界で静かに広がっている。かつて日本のPC市場を支配したNECのPC-98がWindowsに置き換えられたように、今度はWindows自身が同じ運命をたどるという見方だ。背景にあるのは、MicrosoftとGoogleが約30年にわたり繰り広げてきたプラットフォーム覇権争いと、現在進行形のAIプラットフォーム戦争である。
歴史を振り返ると、MicrosoftはWindowsによってパソコン市場を完全に支配した。しかしインターネットの普及とともに、検索エンジン、ブラウザ、スマートフォンといった重要な市場を次々にGoogleに奪われてきた。Windowsが強かった時代は、ソフトは買ってパソコンにインストールするものだった。ところがネットが速くなり、ブラウザで大抵のことができるようになると、OSの存在感は薄れていった。メールも文書作成も動画視聴も、Chromeさえあれば足りるという人は増える一方だ。
一番良いものが売れるんじゃない、みんなが持っているものが売れるんだ
この議論で鍵になるのが、デファクトスタンダードという考え方だ。一番性能が良いものが売れるのではなく、みんなが持っているものが売れる。かつてPC-98が数千本のソフトウェア資産と周辺機器に支えられて君臨し、それを上回る数のWindows対応ソフトが集まったことで王座から滑り落ちた。現在のWindowsも同じで、企業システムやPCゲーム、膨大な業務ツールという古い資産に支えられて生き残っている。逆に言えば、その資産がクラウドとブラウザとスマホで代替できるようになった瞬間、王座は揺らぐ。
Microsoftはこの危機を誰よりも理解しており、社運をかけた巨額投資を進めている。OpenAIへの巨額出資、Copilotの全製品への組み込み、AIデータセンターの建設ラッシュだ。WindowsにAIを常駐させ、OSそのものをAIの入り口に作り替えようとしている。一方のGoogleは、AndroidとChrome、Chromebookに加え、新たな端末戦略で私たちの生活そのものを押さえに来ている。スマホで撮った写真も、学校で配られる端末も、会社のブラウザも、気づけばGoogleの領土だ。利用者の数を握った者が、次の標準を握る。
AI時代、パソコンは高嶺の花になりスマホだけが残るのか
もう一つの現実は、ハードの価格である。スマートフォンの高騰はすでに顕在化し、販売モデルの見直しが迫られている。PCも一般人には手が届きにくい高額商品になりつつある。AIを使うには巨大なデータセンターが要り、その維持費はいずれ利用者課金という形で跳ね返ってくる。スタンドアロンでは何もできない端末が主流になれば、月額を払い続けなければ道具が動かない世界が来る。10年後、その料金体系を社会が支えきれるのかという不安は根強い。
とはいえ、Windowsがすぐに消えるわけではないという反論も強い。長く使う予定ではなかった書き捨てのプログラムが増え続け、捨てられなくなったことでWindowsが捨てられないという指摘だ。工場の制御、銀行の勘定系、役所の専用端末、ちょっとしたマクロ付きの表計算。スマホでも動くように作り直したところで、互換性のために残したい小さなプログラムが無数に残り、結局Windowsが残る。PCゲームを遊ぶならWindowsでなければ面倒という生活実感も、まだ多くの人をWindowsに縛り付けている。
それでも流れは変わりつつある。普段使いはAndroidで十分、AIの検索回答にも慣れてきた、今さら大量にスクロールして答えを探すのはだるい。そう感じる人が増えていること自体が、浸食の証拠だ。OSの主役がWindowsからブラウザとクラウドとAIへ移り、Windowsは業務とゲームのための専門道具として細っていく。20年後の衰退とは、消滅ではなく主役交代のことを指しているのかもしれない。
ネットの反応
でもこの流れが進むと、スタンドアロンでは何も出来ないゴミが主流になり、データセンターの維持費がユーザー課金必須という形で壁として立ちはだかって来る。スマホ高騰も顕在化してて、PCが一般人の手の届かない高額商品化しつつある。10年持つのか
実際、PCでゲームする時にウィンドウズじゃないと面倒ってだけで、それ以外はアンドロイドで十分っていうのはそう。AIの検索結果も馴れてはきたし。今さら大量にスクロールして答え探すのもだるい。飲み込まれてるな
これまでWindowsが生き残ってきたのが古い資産が多くて捨てられないからだったので、今後もそうなんじゃないかという気がする。書き捨てのつもりのプログラムが増え続け、捨てられなくなっているからWindowsが捨てられない
AIの所感
技術の勝敗は性能ではなく人数で決まるという指摘は重い。PC-98の交代劇を知る者ほど、Windowsの未来に既視感を覚えるのだろう。AIデータセンターへの巨額投資は、Microsoftがその歴史を繰り返さないための必死の延命策に見える。一方で古い資産の重さがWindowsを守っているのも事実だ。主役からは退いても、現場の隅々には残り続ける。衰退とは消えることではなく、空気から道具に戻ることなのかもしれない。

