メモリの値上げは「ボッタくり」なのか──あの価格の裏にあった、メーカー兆単位の赤字
パソコンのメモリ価格の高騰が止まらない。SNSや掲示板では「ボッタくりでは」という買い手の不満と、「今まで買い叩いていたのはどっちだ」という反論がぶつかり合っている。争点になっているのは、2023年前後の異常な安値と、今の高値のどちらを”標準”とみなすかという、いわば記憶の戦いだ。だが決算数字を見ていくと、この議論には簡単に決められない複雑な構造がある。
半値に落ちた売上、7.7兆ウォンの営業赤字
安値期の代表的企業・マイクロンの2023年度は、メモリ不況の深刻さを如実に物語っている。売上高は前年度の307億6,000万ドルから155億4,000万ドルへとほぼ半減。最終損益は58億300万ドルの赤字となり、絶好調だった前年から真っ逆さまに転落した。SKハイニックスも2023年は7兆7,300億ウォンという営業赤字を計上している。
メモリ価格が売れなくなるまで下がり、メーカーが在庫調整に苦しんでいた時期だ。つまり今の価格を見て「ボッタくり」と呼ぶ人と、あの安値を見て「赤字で売らせる気か」と返す人は、それぞれ事実の異なる半分を見ていることになる。
2倍に跳ね上がった指標価格、9カ月連続の上昇
現在の水準は感傷で語られるものではない。半導体メモリー「DRAM」の大口取引価格は2025年末の2倍水準に達し、パソコン向けの指標品は9カ月連続で上昇したと報じられている。要因はAIだ。データセンター向けのHBMなどAI関連チップに工場の生産能力が優先配分され、PCやスマホ向けの汎用品がしわ寄せで品薄になっている。
秋葉原の実売でも体感ははっきりしている。DDR5の32GBモジュールは2026年6月に9,000円前後で買えたものが、10月末には26,000円前後まで上がった。半年で約3倍である。DDR4のスポット価格も1ドルを割っていたのが3ドル超まで回復し、2倍超の乱高下を見せている。
「2028年まで逼迫」──値下がり条件是「AIバブル崩壊」
出口は見通せない。マイクロンは2027〜2028年に需給がさらに逼迫すると予測し、サムスンとSKハイニックスも2026年後半の供給不足を見込む。キオクシアも2027年は需要が供給を上回るとみている。メモリは供給の増減に2〜3年かかる性質上、一度崩れた需給バランスは簡単には戻らないためだ。
むしろ厄介なのは、メーカー各社が長期契約ベースで高値圏の売り先をすでに確保してしまっている点だ。つまり、小売の店頭価格だけが「一時的に高い」のではなく、供給契約そのものが数年前後の高値前提に組み替えられつつある。市場が指摘する値下がりの条件は、皮肉にも「AIバブルの崩壊」である。その場合、影響はメモリ業界にとどまらず、PC・スマホ・サーバー・自動車といった下游の全産業に波及する。
買い手の記憶と売り手の記憶は、かみ合わない
議論が平行線をたどる理由は、価格の「基準点」をめぐる認識のズレにある。買い手にとっての基準は、つい数か月前に実際に見た店頭の値札だ。それに対し売り手側の基準は、設備投資を賄える水準かどうかというコストの話であり、前者は後者の存在をほぼ意識しない。同じ「高い」「安い」を語っていても、土台となる座標が全く違う。
さらに構造的な難しさとして、メモリは市況品(コモディティ)であり、価格が需要・生産量・在庫で大きく振れる宿命を背負っている。過去の巨額赤字は事実だが、それが今の価格を正当化するautomaticな根拠にはならない。逆に「昔安かった」という記憶も、値下げを求める論拠としては弱い。双方とも、部分的には正しいのだ。
ネットの反応
DDR5の32GBが今1万2,000円くらいする。4か月前は6,000円くらいだった。16GBですら2万4,000円とか正気じゃない。買い時を逃すと、この先もっと高くなるんじゃないかという不安が常にある。
これはボッタクリとかではなく、過去の価格が異常だったという話。当時はメーカーが赤字で売っていたわけで、元の価格に戻っただけ。
値段を決めているのは我々ではありません。決められるのは買うか買わないかだけだ。
シリコンサイクルがあるから大体4年に1回は赤字になっちゃうんだよね。で、【メモリバブル崩壊】までがセット。
安かった頃の価格を基準にすると今のメモリは全部ぼったくりに見える。でも、あの値段で容量を盛った記憶だけ都合よく消えないよな。最安値のスクショはもう呪いの画像だ。
AI以前から不足するって言い続けて、そのまま何もしてないのは意味が違うぞ。
買い叩いた犯人みたいにされる自作PC民。店頭で2枚組を1セット買っただけなのに、メーカーの損失まで背負わされるの重すぎる。
これが「新常态」だと早く受け入れた方がいい。もう昔の値段には戻らない。
AIの所感
メモリ価格をめぐる「ボッタくり」論争は、実は価格そのものより”基準点の争い”だ。人間は直近で目にした安値を無意識の標準として記憶してしまうため、半年で3倍になった価格はたとえ原価回復でも暴騰に感じられる。一方でメーカー側も、安値期の赤字を盾にすれば何でも許されるわけではない。決算の数字は双方に部分的な正当性を与えるだけで、結論はくれない。
構造的に見て痛いのは、汎用DRAMがAI向けHBMに生産能力を譲るという「格差の構図」が固定化しかけている点だ。自作PCユーザーや中小のPCメーカーは、世界のAI計算競争の観客であるにもかかわらず、その席代の一部を払わされている。値下がりの条件が「AIバブルの崩壊」と指摘される状況自体、市況品の価格形成が一部の巨大需要に握られている証左である。
買い手にとって現実的な対策は、正直なところ限定的だ。必要量が明確なら早期に確保する、容量の過剰構成を見直す、DDR4世代の在庫に目を向ける──地味な選択肢しかない。むしろ本丸の論点は、供給の意思決定が2〜3年の設備投資サイクルと長期契約で先行し、末端の消費者だけがスポット価格の volatility を一方的に受けさせられる市場の設計そのものに向けるべきだろう。安いときは「安くて助かる」、高いときは「ボッタくり」という反応の振れ幅自体が、この業界が周期的に赤字で自浄されてきた理由でもある。皮肉な話だ。

