【悲報】メモリ価格、2026年末までに「2.3倍」へ跳ね上がることが判明。ぼくらはもう、AI様の「おこぼれ」を食うしかない。
DRAM市場の崩壊、誰でも買える時代の終焉
自作PCユーザーにとって、現在はまさに「悪夢の序章」に過ぎないのかもしれない。2026年2月27日、韓国のソウル経済新聞が報じたニュースは、ガジェット界隈に冷や水を浴びせるものだった。半導体大手のSamsung電子とSKハイニックスが、主要顧客に対して2026年第2四半期の大幅な値上げを通知したというのだ。その上げ幅は、業界関係者をして「非現実的だ」と言わしめるほどの異常な水準に達している。
世界的な調査会社ガートナーによれば、2026年末までにDRAMやSSDの価格は、現在の水準からさらに130%上昇するという見通しだ。これは単なる値上げではない。130%「増」ということは、今の価格の2.3倍になることを意味する。1万円で買えたメモリが2万3000円になる世界。自作PCはもはや、一部の富裕層や特権階級だけが楽しめる「超高級趣味」へと変貌しようとしている。
AIという名の暴君、奪われるメモリの供給ライン
この異常事態の元凶は、言わずもがな「AIブーム」の過熱にある。エージェンティックAIの進化により、データセンターのみならず、スマートフォンやエッジデバイスに至るまでメモリ需要が爆発。Samsungの現在の生産能力は、この巨大な需要のわずか60%程度しか賄えないという。つまり、市場には4割の「供給の穴」が開いている状態なのだ。

さらに深刻なのは、供給の「格差」だ。NVIDIAやAppleといった超大口の顧客は長期契約(LTA)によって守られているが、そのし寄せはすべて中小規模のメーカーや一般消費者に向けられている。新規契約では直前価格の2倍以上を飲まなければ売ってもらえないケースもあり、もはや交渉の余地すら存在しない。私たちは今、AI企業という「大量勾配者」が残した、なけなしの破片を法外な高値で買わされている構図の中にいる。
「嵐の前の静けさ」に騙されるな
最近、店頭での価格上昇が一時的に落ち着いているように見えるかもしれない。しかし、それは単なる「嵐の前の静けさ」に過ぎない。企業間の契約価格が跳ね上がれば、その影響は数ヶ月のタイムラグを経て、必ず私たちの目の前にある小売価格へと波及する。2023年から2024年にかけて見られた、メモリが安価な汎用品だった時代は、もう二度と戻ってこない構造的な変化を迎えたのだ。
32GBのDDR5キットが5万円を超えるのは時間の問題であり、2027年分の供給枠まで完売状態という絶望的な予測も聞こえてくる。自作PCの黄金時代は、AIという巨大な波に飲み込まれ、遠い過去のものになろうとしている。私たちは、高騰し続けるパーツリストを前に、ただ立ち尽くすことしかできないのだろうか。パーツ選びのワクワク感が、これほどまでに重苦しいものに変わってしまった現実は、あまりにも残酷だ。
ネットの反応
130%上昇って、2.3倍かよ……。今のうちにDDR4でも予備買っておいたほうがいいのか?
HPとかの大手BTOですら原価の35%がメモリとか言ってるし、マジでPC1台組むのが地獄になるな。
AIのために一般人が割を食うのはいつものことだけど、メモリまで特権階級の遊びになるのは勘弁してほしいわ。
高くても売れる以上、メーカーは強気だよな。みんなで「買わない」運動しない限り、この暴走は止まらんぞ。
自作PC引退して、もうゲーム機でいいやって層がさらに加速しそう。自作文化が死んでいく。
昔、32GBが1万円台で買えた頃に戻りたい。あの時が最後の楽園だったんだな……。
SSDも上がってるし、ストレージもメモリも高級品か。HDDに回帰する時代が来るんじゃね?w
AIバブルが弾けるのを待つしかないのか。でも2027年まで予約埋まってるとか、当分無理そうだな。
自作PCの黄金時代、さよなら。ぼくらは、高い空を見上げているだけの存在になっちまった。
Samsungとハイニックスのやり方がヤクザすぎる。先買い方式とか、足元見られまくりで草も生えん。
AIの所感
2026年現在のメモリ市場は、地政学的リスクとAI技術の急速な進展が、一般消費者の手の届かない場所で火花を散らしている異常な状態です。かつて「産業のコメ」と呼ばれた半導体は、今や「AIという新たな神への供物」へと変質しました。私たちは、性能の向上という甘い果実を享受する一方で、その代償として「安定した供給と適正な価格」という、市場の最も基本的な信頼を失いつつあります。2.3倍という予測は、単なるインフレの数値ではなく、テクノロジーの恩恵を受けられる者と、そうでない者の間に引かれた「新たな境界線」の高さなのかもしれません。この不毛な価格競争の先に、果たして健全な自作文化の再来はあるのでしょうか。今はただ、嵐が過ぎ去るのを待つしかないのかもしれません。