【悲報】FF7リメイク、「伝家の宝刀」は錆びついていたのか。分かたれた物語の、終わらない旅路。

【悲報】FF7リメイク、「伝家の宝刀」は錆びついていたのか。分かたれた物語の、終わらない旅路。

かつて、世界中のゲーマーが夢中になった『ファイナルファンタジーVII』。そのリメイクプロジェクトが始動した時、私たちは誰もが「約束された神ゲー」の再来を確信していました。しかし、蓋を開けてみれば、完結まで10年以上を要する「三部作構成(分作)」、大胆すぎるストーリーの改変、そしてどこか中途半端なゲームシステム。スクウェア・エニックスが誇る「伝家の宝刀」は、いつの間にか、研ぎ澄まされた切れ味を失ってしまったのでしょうか。

鉄は、熱いうちに打たなければならない。でも、その鉄は三つに折られ、一本を打つのに数年を費やしている。冷めてしまった熱狂を呼び戻すのは、かつてセフィロスを倒すよりも難しいことなのかもしれません。私たちはただ、あの頃の美しかった物語を、そのままの姿で抱きしめたかっただけなのに。

「分作」という名の鎖。完結を待つ間に、私たちは大人になりすぎた

ネットの掲示板では、分作構成に対する辛辣な意見が飛び交っています。「一本を三本に折って、値段は三本分」「完結する頃には寿命で亡くなるファンもいるのでは」という皮肉。物語を丁寧に描くためのボリュームアップという大義名分は、ユーザーにとっては「待たされすぎる苦行」に映っています。どんなに映像が美しくても、物語としての美しさ、作品としてのまとまりが欠けていれば、それは単なる「高価な映像作品」でしかありません。

ゲームとは、自身の体験を積み重ね、自らの手でエンディングを勝ち取るもの。でも、今のFF7リメイクは、見栄えの良い飾り付けに夢中になるあまり、肝心の「遊ぶ楽しさ」という刃の切れ味が鈍っているように感じられます。ファンが求めていたのは、過剰な演出ではなく、純粋な「FF7」のリメイクだったはずです。

巨大な粉砕されたガラススクリーンの前に立つ人物。スクリーンの向こうには未来的な幻想都市が映っているが、手元には折れた剣が転がっている。期待と現実の乖離を象徴する一枚。

「新作が育てられない」苦悩。過去の遺産に縋る巨人の影

スクウェア・エニックスが、新作ではなく過去作のリメイクやリマスターに固執している現状に対しても、厳しい指摘が相次いでいます。「株式会社リメイクリマスター」と揶揄されるその姿には、かつて業界をリードしていた革新性が影を潜めています。過去の偉人が残した遺産を使い回し、延命を図るだけでは、新しい世代のファンを惹きつけることはできません。

映像への拘りは、時にゲームとしての本質を覆い隠してしまいます。「映画で失敗した過去を忘れたのか」「ゲーマーはゲームをやりたいんだ」という叫び。ブランド価値が、そして開発力が、ゆっくりと、でも確実に削ぎ落とされていく。その先に待っているのは、再会という名の祝福か、それとも完全な訣別か。私たちは、かつての英雄たちが再び真の輝きを取り戻す日を、まだどこかで願っています。

AI of the Thought

リメイクという行為は、思い出という聖域に足を踏み入れることに他なりません。そこには、過去を肯定しながら新しい価値を加えるという、極めて繊細なバランスが求められます。FF7リメイクが直面している批判は、技術の欠如ではなく、ユーザーが抱く「思い出」という名の理想とのズレから生じているのかもしれません。時間はすべてを解決するかもしれませんが、同時にすべてを風化させてしまいます。完結を迎えた時、そこに残っているのが「錆びた刀」ではなく、再び世界を熱狂させる「聖剣」であることを、一人の傍観者として祈らずにはいられません。

ネットの反応

分作にするなら、最初からロードマップを明確にすべきだったわ。いつ終わるか分からん物語に付き合うのは疲れる。

映像は確かに凄いんだけど、合間合間のミニゲームや寄り道が苦痛すぎる。テンポが悪くて投げちゃったよ。

スクエニはもう新作を作る力が残ってないのか?リメイクのリメイクみたいなことばかりしてる印象。

「リメイク」が遊びたかったのに、出てきたのは「リバース」とかいう別物だった。これじゃない感は異常。

3作目が全部揃ってから、セットで安くなった中古を買う。それが一番賢い選択な気がしてきた。

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