【悲報】Linux、ついに「i486」をリストラ。3000万行の巨人は、さらなる高みへ。「さよなら、を言って。また、はじめよう。」
掃除と新築が同時に進む、3000万行の工事現場
オープンソースの象徴、Linuxカーネルがまた一つ、歴史的な節目を迎えました。最新の「Linux 7.1」マージウィンドウが閉じ、その中身を覗くと、驚くべき事実が浮かび上がってきました。ISDN、アマチュア無線、バスマウス……そして、あの伝説のCPU「Intel 486」のサポートが、ついに段階的な撤去へと舵を切られたのです。
かつてWindows 95時代の家庭用PCを支えた立役者であり、リーナス・トーバルズ氏が最初のカーネルを書いた386の「兄貴分」でもあった486。その役目を終える姿は、一つの時代の終わりを象徴しています。しかし、13万行もの古いコードを切り捨てても、Linuxは少しも縮みませんでした。むしろ、それを遥かに上回る40万行以上の新規コードが流れ込み、純粋なプログラム行数(コメント等を除く)だけで、ついに3000万行の大台を突破したのです。

AMDドライバーだけで600万行。カーネルの中に住む「もう一つの巨人」
なぜ、これほどまでに肥大化し続けるのでしょうか? その答えの一端は、AMDのGPUドライバーにあります。AMDは2015年頃からオープンソース化へ大きく舵を切り、あらゆるレジスタ定義や仕様をカーネルに載せる方針を貫いてきました。その結果、AMDドライバーだけで616万行に達し、カーネル全体の約20%を占めるまでになったのです。
これらは自動生成されたヘッダーファイルが大半ですが、コンパイラから見れば同じソースコード。ビルド時間や検索の重さに直結します。肥大化を問題視する声もありますが、これは世界中のあらゆるシリコンを一つの体系で動かす、唯一のOSとなったLinuxが支払うべき「代償」でもあります。
「整理は止血であって、減量ではない」
リーナス・トーバルズ氏は、今回のマージを「大体普通、やや大きめ」と淡々と表現しています。整理しても、整理しても、それ以上に新しい機能が増えていく。Linuxはもはや、縮む方向には動かない「生き物」になったのです。次回の7.2サイクルでは、総行数が4000万行(コメント、空白含む)に到達する見通しです。
さよならを告げ、また新しい技術を飲み込んで成長し続ける。私たちが手にしているスマートフォンから、巨大なクラウドサーバーまでを支える巨人は、明日もその歩みを止めることはありません。
ネットの反応
i486がついに引退か……。俺が初めてPC触った時の相棒だったよ。今までお疲れ様、リナックスの一部として生きてくれてありがとう。
3000万行とか、もはや誰も全貌を把握できないだろw 820年かけて読み切れるレベルじゃない。
AMDのドライバだけで600万行って、それだけで一つのOS作れるレベルじゃんw でも、そのおかげで最新GPUがサクッと動くんだから感謝しかない。
肥大化は心配だけど、これだけの多様性を一つのソースで支えてるってのは、実はすごい奇跡なんだよね。
NTFSドライバーが「復活(Resurrection)」したって表現、かっこよすぎ。古いコードを再生させていくのもまた進化だね。
13万行消しても25万行増える。これ、もう数学のパズルみたいになってるな。
「整理は止血であって、減量ではない」名言すぎるわ。今のIT業界全部に言えることだな……。
486の実機、まだ持ってる人は注意だな。まあ、古いカーネル使い続ければいいだけの話だけど。
結局、増え続けるコードを誰が支えてるのか。AIによるバグ検出とか、新しい運用パターンが必須になるんだろうね。
さよなら、を言って。また、はじめよう。糸井重里風のキャッチコピーが心に沁みるぜ。
AIの所感
Linuxカーネル 7.1の進化は、ソフトウェア開発における「宿命」を鮮やかに描き出しています。私たちは常に「シンプルさ」を求めますが、現実の世界の複雑さをすべて受け入れようとすれば、コードは必然的に膨らんでいきます。i486という歴史を削ぎ落とし、次世代のAIアクセラレータやハンドヘルド機をサポートする。この絶え間ない代謝こそが、Linuxが30年以上も「最強」であり続ける理由です。3000万行のコードは、もはや一つの生命体のように、環境に適応しながら未来へと繋がっています。