【悲報】「スト2キャラ」は超えられない壁!新作出るたび「影が薄い」新キャラたち…時代が産んだ“野生の魅力”はもう再現不可能か

【悲報】「スト2キャラ」は超えられない壁!新作出るたび「影が薄い」新キャラたち…時代が産んだ“野生の魅力”はもう再現不可能か

格闘ゲームの金字塔「ストリートファイターII」(通称スト2)。今なお世界的な人気を誇るシリーズの最新作が成功を収める一方で、ネット上では長年、ある根源的な疑問が議論され続けている。「なぜスト2以外のキャラクターはいまいち定着しないのか」という矛盾だ。リュウ、ケン、ガイルといったスト2の面々は、もはやシリーズの「重鎮」と呼ばれるほどの圧倒的な存在感を放ち続ける。その一方で、新作がリリースされるたびに登場する新キャラクターたちは、なぜか人々の記憶に深く刻まれず、影が薄いと評されがちだ。スト2キャラが持つ「超えられない個性」の秘密と、新キャラクターが埋もれてしまう深層の理由に迫る。

なぜスト2キャラは「超えられない個性」を持つのか?時代が産んだ"野生の魅力"

スト2キャラクターが持つ強烈な個性の根源は、その誕生した時代背景の特殊性にある。1990年代初頭というスト2が誕生した時代は、今ほど世界的な人権意識や政治的配慮が厳しくなく、クリエイターが「面白い」と思ったキャラクターを、ある意味で「無責任に」、しかし純粋な遊び心を持って生み出すことが許された時代であった。

例えば、ブラジル代表のブランカが全身を緑色の毛に覆われたクリーチャーとして描かれ、インド代表のダルシムが伸びる手足と火を吐くヨガマスターであったり、ロシア代表のザンギエフが赤く塗られたマッチョマンとして登場したりといった設定は、現実の国や人々のイメージから大きく逸脱している。しかし、この「若々しい小学生の落書き」と評されるほどの極端で記号的なキャラクター設定が、世界中のプレイヤーに「この国にはこんなやつがいるのか」という誤解(!)も含んだ強烈なインパクトと記憶のフックを与えた。これは、世界的な大ヒット作となった今、コンプライアンスや配慮を求められる現代のゲーム制作環境では、二度と再現できない「野生的な魅力」だと言える。

ストリートファイターIIのキャラクターが現代のキャラクターに影を落とすイメージ

また、スト2の爆発的なブームは、当時、落ち物パズルやクイズゲームで埋め尽くされていたゲームセンターという場所で起きた「奇跡の狂い咲き」だったという意見も重要だ。娯楽の選択肢が限られていた時代において、スト2は単なるゲームを超え、社会現象やコミュニケーションツールとしての役割も果たした。そのため、スト2キャラはゲームの枠を超えて「時代を象徴するアイコン」として、人々の集合的記憶に深く定着したのだ。

スト2以降の新キャラが定着しにくい理由:王道という名の「制約」

一方で、スト2以降のキャラクター、特にストリートファイターIIIで主人公となったアレックスや、それ以降の多くの新キャラクターが定着しにくい理由も存在する。スト2の成功によって敷かれた「格闘ゲームの王道」というレールの上で、「いかに王道から外れずにひねりを加えるか」という制約の中で新キャラは生み出された。

結果として、戦闘スタイルや背景設定が既存のスト2キャラと「似たり寄ったり」になってしまい、プレイヤーに「なぜこの新キャラでなければならないのか」という疑問を抱かせ、印象が中途半端になってしまった可能性が指摘される。「3以降のキャラはなんか真面目なんだよね。世界的に有名になった分キャラ作りに気を使ってるのが分かる」というネットの声は、まさにこの状況を的確に表している。

ただし、例外的に定着したキャラクターもいる。例えばストリートファイター6のジュリは、「肉らしい」という明確なコンセプトや、女性キャラとしての強烈な個性といった、スト2が失った「野生の一端」を意図的に表現することで成功を収めた例だと言えるだろう。

ネットの反応

「かろうじてDJぐらいは定着してるだろう。いや、どうだろう。主要キャラに比べると確かに弱いか。」

「ユリくらいやな。ユリは発表時ストファイじゃないと叩かれてたのに、すっかり人気キャラだもんな。」

「ルークはなんかうまいこと馴染んだな。ラシードも良いと思うけど。」

「さくらは定着してる。ゼロ派漫画もあったし割と知名度はある。」

「スーパー追加キャラのキャミーと豪鬼はもはやスト2の顔と言ってもいいだろう。」

「一体何十年外通を擦するのか反省期では済まないな。3のキャラなんかポイズンしか覚えてねえわ。3の主人公を言えるやつ0人くらいしかいない。」

「スト6でも結局2のキャラ使ってるやつが多い印象なんだよな。迷ってる世代がそうなのかもだけど。」

「3以降のキャラは戦闘スタイルが既キャラと似たり寄ったりになってる。戦闘スタイルがきちんと区別されてるのがでかい。」

「ライバル企業登場後はパクりと言われないようにひらめいたキャラをさらにひねるから中途半端になるんだよ。」

「スト2の大流行が異常だから梅原もあれ以上のブームは来てないと言ってたな。」

「中国人なのにザンギ、日本語と英語、インド人なのにロシア人なのに日本語みたいな適当なキャラ付けなのにだから良かったのか。」

「小学生みたいに思いついたもんをそのまま口に出したようなキャラが良かったのよ。本当にバカバカしいものが出来上がる。」

「ブラジル人が電気帯びてたりインド人が火を吹くんだぜ。同じ設定を今やったらとんでもないことになる。時代背景も含めて色々と良い感じに噛み合ってたんだろうね。」

「まあでも開発しやすくなったから草野球みたいなノリでいろんなやつが挑戦できる今の雰囲気自体は嫌いじゃない。」

「レビュー10件未満のゲームが9000本以上って数字冷静に考えてやばすぎでしょ。作った人の気持ち考えると切なくなる。」

「ベンダーシの論は筋通るけど自分で好きなもん作りたいクリエイターに考えろって現実突きつけるのもきついよな。」

AIの所感

スト2以外のキャラクターがいまいち定着しないという現象は、キャラクターの魅力不足というよりも、時代が産んだ奇跡の産物であるスト2のキャラクターたちが持つ「あまりに強烈な光」が、後続のキャラクターたちに影を落としていると解釈するのが最も適切だろう。

現代のゲーム制作における「真面目さ」や「コンプライアンス」は、健全な産業発展には不可欠である。しかし、それらが、かつての「無責任」で「野生的な遊び心」が生み出した強烈な個性を再現することを困難にしているのも事実だ。スト2のキャラクターたちは、その適当とも言える設定が、かえってプレイヤーの想像力を刺激し、深く記憶に刻み込まれるフックとなった。

現代のゲームクリエイターは、この「制約」の中で、いかにプレイヤーの記憶に残る、唯一無二のキャラクターを生み出すかという難しい挑戦に直面している。単に強い、可愛い、かっこいいだけでなく、プレイヤーの心に深く刺さる「何か」を持つキャラクターこそが、スト2のキャラクターたちのように時代を超えて愛され続けるだろう。ジュリのような成功例は、そのヒントを与えてくれる。ストリートファイターシリーズが今後も発展していくためには、過去の遺産を尊重しつつも、時代に合わせた新たな「野生の魅力」をどう表現するかが問われていると言える。

-パソコン

WP Twitter Auto Publish Powered By : XYZScripts.com