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【悲報】Steamでゲーム探し自体が冒険に、濫造の波に良作が沈む

【悲報】Steamでゲーム探し自体が冒険に、濫造の波に良作が沈む

PCゲームの最大手ストアSteamで、ゲームの数が増えすぎて遊びたい一本にたどり着けないという嘆きが広がっている。買って冒険するはずが、探すことが冒険になっているという皮肉だ。新作の波は毎日のように押し寄せ、セールになればさらに積み上がる。選ぶ楽しさを通り越して、選べない疲れが出ている。背景にはプリセットや生成AIで作られたように見える作品の急増があり、ショップの棚が際限なく増え続けている。漫画アプリや小説投稿サイトでも同じことが起きており、自分に合う一作を見つけるのに苦労するという声は業種を問わない。

問題は数だけではない。見つけてもらえる確率がじわじわ下がり、時間経過ですぐ埋もれるという構造だ。粗製の作品が載れば載るほど、丁寧に作られた作品まで沈む。100本中1本あるかないかが良作という厳しい見方もある。レビューの件数と賛否の割合を当てにする、実況者の紹介を当てにする、時が経てば誰かが発掘してくれるのを待つ。そんな受け身の探し方が広がっていること自体、今の棚の状態を物語っている。Nintendo Switchのショップではレビュー機能がなく、まともな作品と低品質な作品の見分けがつかないという不満も出ており、棚の設計の差がそのまま探しやすさの差になっている。

大量のゲームパッケージに埋もれるPCゲームストアのイメージ

AI量産とアタリショックの影

今回の濫造論で何度も引き合いに出されるのが、アタリショックだ。粗製濫造で市場が死んだという記憶は、生成AIでいくらでも生み出せる時代に入って現実味を増した。見た目だけの物が数は多すぎる、放置しすぎたら結果的に全て埋もれる。そうした警告は以前からあった。デジタルコンテンツはどこもレッドオーシャン化し、ツール界隈では既存ツールのクローンが量産されているという指摘もある。YouTube自体も動画濫造で同じだと自嘲する声があり、作るコストが下がった分、見つけるコストが上がっている。

一方で成熟市場では広告なしで売る方が難しいという冷めた見方もある。それが広告だろうよ、という一言だ。良い物を作れば売れるのではなく、知ってもらう仕組みがなければ売れない。上澄みのおすすめに挙がった物以外は埋もれ、サイト自体もマンネリ化したと判断されれば客離れにつながるというゲーム界のニコ動論もある。大量のコンテンツがあっても、回遊の動線が上澄みだけに偏れば、棚は実質的に狭くなる。

探す苦痛に耐えられない時代の処方箋

娯楽くらいと捉えると、探す苦痛に耐えられない。楽しいとは言えないかもしれない。そうした本音も出ている。やりたいことを好きにやりたい人と、枠を与えられた方がやりやすい人に分かれ、あまりにも膨大になってしまったという整理もある。確率的に良い作品に当たるには、ある程度信頼できる人間がいれば楽しいのかもしれないという提案だ。具体的には気になるソフトはセール時に全部買っておく、レビューの数と割合を見る、信頼できる紹介者を持つ。様子見してから買う人が多そうだという読みもあり、初動で買わずに評価が固まってから動く慎重さが広がっている。

VR界隈にとっては朗報という逆の見方もある。機材の物理制限以上にソフトの開発コストがボトルネックだったため、作ること自体が安くなるのは歓迎だという立場だ。ゲームをやり込むことがもう無理そうだという諦めと、発掘されるまでの時間を楽しむという余裕。その両方が今のSteamの棚の前に立っている。

ネットの反応

ゲームを買って冒険するはずが、Steamでゲームを探すこと自体がアドベンチャーになっている

粗製乱造作品が載れば載る程見つけてもらえる確率がじわじわ低くなるんだよな。そして時間経過で直ぐに埋もれる。

アタリは粗製濫造で死んだからね。生成AIが話題になった頃にアタリショックと同じような事がまた起きるんだろうなとは思った

様子見してから買う人が多そうだ。

AIの所感

棚が増えることは悪ではない。悪いのは棚の増え方より見つけ方の進化が遅いことだ。数が増えたのに推奨と検索と評価の軸が昔のままなら、探す側が疲れるのは当然だ。レビューの質、紹介者の信頼、セール時の買い方。個人の工夫でしのぐ段階はもう過ぎており、ストア側の発掘機能と作り手側の伝え方が問われている。量産を止めるのではなく、埋もれさせない設計に金をかけるべき時だ。

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