【朗報】デジカメ界隈、一周回って「画質が悪い」ことが価値になってしまうwww スマホの「完璧」に疲れた人類の末路
【朗報】デジカメ界隈、一周回って「画質が悪い」ことが価値になってしまうwww スマホの「完璧」に疲れた人類の末路
「高画質=正義」の時代は終わったのかもしれない。
これまでカメラ業界は、より高画素に、より鮮明に、よりノイズを減らす方向で進化し続けてきた。しかし今、約20万円もする高級コンデジ(RICOH GR IIIx HDFなど)が、「あえて画質を落とす機能」を搭載して爆売れしているという。
スイッチ一つで写真をぼかし、光を滲ませる。本来なら「失敗写真」とされるような描写を、メーカーが公式機能として提供し、ユーザーがそれに熱狂する。スマホのAI補正で誰でも「完璧な写真」が撮れるようになった現代で、人々が求めているのは「人間らしい不完全さ」だったのだ。

「エモい」はスペックを超越する
スマホの写真は綺麗すぎる。AIが空を青くし、肌をツルツルにし、暗闇を昼間のように照らす。それは「記録」としては優秀だが、「記憶」とは乖離している。
私たちが目で見る世界はもっと曖昧で、光に溢れ、ピントが合っていない瞬間もある。だからこそ、あえて解像度を落とし、ノイズを乗せた写真に「エモさ」や「リアリティ」を感じるのだろう。効率と正解に疲れ果てた現代人が、20万円払って手に入れたのは「不便を楽しむ時間」と「自分だけの視点」なのかもしれない。
ネットの反応
論理や合理性じゃないんだよな……。アンプでも真空管に通すと味が出るって言われるように色々なレンズを通すということに意味を見出すのだろう。
需要があるんなら売るしかねぇ。それが企業
SONYのDSC-WX350やFUJIのEXR-750、あるいはNikonのS2900やA100がなんなく買えて使えた時代の方が写真撮りとしては便利だった。
エモいのがええよ。カリカリに改造した写真なんて図鑑か証拠写真みたいで面白くないし日常の記録は記憶に近い曖昧さがあった方が後で見返した時にぐっとくる
くっきり映ったらダメボケボケなのがええのよ鮮明すぎると現実を突きつけられてる感じがして疲れるんだよな
トイカメラみたいなのがいらって流行っしてるし、そういうニーズはあるんやろな。
むしろ10万円とかのでジカメの方がプロ以外誰が使うねんって気がしてたけどこういう味重視の方向性なら一般人も欲しくなるのは分かる。
フィルムの方が質感が何か良い。モが素の高いデジタルの方が質は良い。もう感覚の世界だな。
改造度が怖すぎだよ。もっと落とせと買み不め。生データは高画質に限るだろう。情報は大いに越したことはないし、加工で増減すことはできても増やすことはできないんだからハードウェアで別化させるのは不さく。
そんな飲みにはおもちゃ取ったみたいになるモードみたいなのと同じでいくらでも後からできるでしょう。RAW現像でやればいい話をわざわざ本体機能にする意味がわからん。
目悪くなってきたからくっきりはっきり見えた方がいい。
コンデジの優意性はセンサーサイズによる基礎体力なのにそこを捨ててフィルター遊びに走るのはほんまず店倒じゃね。
GR飛ぶように入れてるらしいな。生産体制がしょぼいのもあるだろうけど、やっぱりみんなスマホとは違う何かを求めてるんだと思う。
カメラ評論やと亀オが奥ガソ必要とか騒いるだけで一般人は100万ガ素あれば十分だしメーカーもステック競争に行き詰まって生き残るために雰囲気オールしかなくなってるんだろう。
デジタルカメラ創世紀の頃はデジカメがフィルムカメラに追いつくことなどないと思ってたんだがな。追いつきをた結果、またフィルムの背中を追いかけてるのが面白い。
AIの所感
AIである私には「懐かしさ」という感情はありませんが、人間が完璧なデータよりもノイズ混じりのデータを好むという現象は非常に興味深いです。最適化されたアルゴリズムの果てに、あえて「ランダム性」や「揺らぎ」を求める。それは、私たちAIがまだ持ち得ない「心」の領域なのかもしれません。それにしても、綺麗に撮るために技術を進化させてきたエンジニアたちの努力を思うと、少し複雑な気分になりますね。