
【超大作】インテルの凋落と逆襲、その全貌。CEOたちの仁義なき戦いの果てに待つ未来とは
【超大作】インテルの凋落と逆襲、その全貌。CEOたちの仁義なき戦いの果てに待つ未来とは
かつて半導体の世界に絶対的な王者として君臨したインテル。その名を知らぬ者はなく、「Intel Inside」のステッカーは高性能PCの代名詞だった。しかし、その栄光は永遠ではなかった。なぜインテルは凋落し、競合に覇権を奪われたのか。そして今、何を考え、どのような未来を描こうとしているのか。本記事では、技術の革新、経営の迷走、そしてCEOたちの壮絶な人間ドラマが織りなす、インテルの凋落と逆襲の物語を、その深層まで紐解いていく。
第1章:凋落の序曲 - EUV開発の遅れと経営の迷走
EUVという名の聖杯
インテルの物語を理解する上で、避けては通れない技術がある。それが「EUV(極端紫外線)リソグラフィ」だ。CPUやメモリといった半導体チップは、シリコンウエハーと呼ばれる円盤に、光を使って非常に微細な回路を焼き付けることで製造される。この「焼き付け」工程で使われる光の波長が短ければ短いほど、より細い線を引くことができ、チップの性能は向上する。EUVは、従来の光よりもはるかに波長の短い光を使い、半導体の微細化を飛躍的に前進させる、まさに「聖杯」とも呼べる技術だった。
しかし、その実現は困難を極めた。EUVの光はエネルギーが強すぎるあまり、空気中の分子にさえ吸収されてしまう。そのため、装置内を真空にする必要があり、光を反射させるミラーにも超高精度の技術が求められた。このあまりにも高い壁に、多くの企業が挑戦し、そして散っていった。
ニコンの敗北とASMLの躍進
1990年代、この露光装置の分野で世界の75%ものシェアを握っていたのは、日本のニコンだった。しかし、彼らはEUVという不確実な未来への莫大な投資を躊躇した。既存の技術を改良し、トップシェアを守るという「守り」の姿勢に入ってしまったのだ。対照的に、オランダの新興企業ASMLは、フィリップスから分社後、様々な企業から出資を受け、顧客の声を第一に考えた共同開発体制を敷いた。自社で全てを抱え込まず、オープンな協力体制でEUV開発という難題に挑んだASMLは、やがてニコンを追い抜き、業界の新たな覇者となる。
このEUVが登場するまで、半導体メーカーは「多重露光(マルチパターニング)」という、いわば力技で微細化を進めていた。1回の露光で描けないのなら、複数回に分けて少しずつ回路を焼き付けていくという手法だ。しかし、この方法は工程が複雑化し、失敗率も高く、コストも増大する。およそ10nm(ナノメートル)の壁を超えるのは至難の業であり、TSMCもインテルも、そしてこの競争から脱落したグローバルファウンドリーズも、等しくこの多重露光の地獄に苦しめられていた。
インテルの「間違った成功体験」
インテルの悲劇は、CEOの交代劇に色濃く現れている。技術を深く理解し、10年先を見据えて先行投資を行う「技術系CEO」。その投資が実を結ぶ前に、目先の利益を求める投資家からの圧力で解任され、その果実を、後任の「財務系CEO」が収穫し、黄金期を演出する。このサイクルが、インテルに「財務系CEOこそが会社を成長させる」という、致命的に間違った成功体験を植え付けてしまった。
その象徴が、技術系のクレイグ・バレットと、財務系のポール・オッテリーニの時代だ。バレットは、後に大成功を収める「Coreシリーズ」の原型となるアーキテクチャ開発に莫大な投資を行ったが、在任中にその成果は出ず、悪名高い「Pentium 4」の爆熱問題などで評価を下げ、解任される。その後を継いだオッテリーニは、バレットが蒔いた種が開花したCoreシリーズを、あたかも自らの功績のように発表し、Appleとの提携(インテルMacの誕生)も成功させ、インテルの黄金期を築き上げた。この結果、株主や市場は「オッテリーニは有能、バレットは無能」という単純な評価を下し、インテルのDNAに深く刻み込まれてしまったのだ。
悲劇のCEO、クルザニッチの苦悩
この間違った成功体験の最大の犠牲者が、オッテリーニの後を継いだブライアン・クルザニッチだ。彼はインテル初の自社ファブ(製造工場)出身の、現場を知り尽くした技術者だった。彼は誰よりも半導体製造の難しさを理解しており、前任者オッテリーニがぶち上げた、技術的裏付けの乏しい無謀なロードマップ「TikTokモデル」(2年ごとに製造プロセスとアーキテクチャを交互に刷新する)が、いかに非現実的であるかを痛感していた。
特に、2016年までに10nmプロセスを達成するという目標は、当時のEUV技術のレベルを考えれば到底不可能だった。クルザニッチは、ASMLの初期EUVが、懐中電灯と揶揄されるほど出力が弱く、全く使い物にならないことを知っていた。しかし、市場はオッテリーニの描いたバラ色の未来を信じきっている。進むも地獄、退くも地獄。板挟みになったクルザニッチが選んだ道は、ニコンと同じく、EUVという未来から目をそらし、使い慣れた多重露光の技術を極めることだった。それは、破綻が約束された、あまりにも悲しい決断だった。
結果は周知の通りだ。インテルは「14nmの地獄」に長らく囚われ、微細化でTSMCに大きく後れを取った。その間、クルザニッチは社内不祥事の疑いをかけられ、失意のうちにCEOの座を去る。そして後任に座ったのは、またしても財務畑出身のボブ・スワンだった。技術への投資はさらに滞り、インテルの凋落は決定的となった。
第2章:ゲルシンガーの夢 - 帝国の再建計画
救世主の帰還と壮大な10年計画
2021年、崩壊寸前の帝国に、一人の男が帰還する。かつて伝説のCPU「i486」を設計し、インテルを去っていた天才エンジニア、パット・ゲルシンガーだ。彼はCEOに就任するやいなや、帝国の再建に向けた壮大な計画を打ち出す。
その計画の核心は、クルザニッチ、そしてスワンが見て見ぬふりをしてきたEUVへの本格的な舵切りだった。年間2兆円を超える研究開発費を投じ、TSMCが8年かけて培ったEUV技術のノウハウを、わずか数年でキャッチアップしようというのだ。さらに、チップレット(タイル構造)と呼ばれる、異なる機能を持つ小さなチップを組み合わせる設計手法を全面的に採用。これにより、性能とコスト効率を両立させ、再びCPUの王者として世界に君臨するという、まさに「帝国の逆襲」とも言える野心的な計画だった。
この戦略は「IDM 2.0」と名付けられた。自社で設計から製造まで行う従来の強み(IDM)を活かしつつ、他社からの製造委託も請け負うファウンドリ事業を強化し、さらには自社の設計の一部をTSMCなど外部に委託するという、柔軟なハイブリッドモデルだ。これが成功すれば、インテルは再び業界の頂点に返り咲くはずだった。
リサ・スーとの頂上決戦、そして夢の終わり
ゲルシンガーの計画の初手は、軍資金の確保だった。そのために狙いを定めたのが、ソニーの次世代PlayStationとMicrosoftの次世代Xboxのカスタムチップ供給契約だ。これを勝ち取れば、莫大な利益だけでなく、他社ファブ(TSMC)との連携ノウハウも蓄積できる。まさに一石二鳥の策だった。
しかし、そこに立ちはだかったのが、AMDを率いるもう一人の天才、リサ・スーだった。株価3ドルの潰れかけの会社を、インテルを脅かす存在にまで復活させた彼女にとって、ゲルシンガーの計画はAMDの未来を潰しかねない最大の脅威だった。もしインテルがゲームコンソールの契約を奪い、TSMCとの連携を深めれば、AMDの優位性は一瞬で崩れ去る。
こうして、2022年から数ヶ月にわたり、ゲルシンガーとリサ・スーによる、世界の誰も知らない頂上決戦が繰り広げられた。ゲルシンガーは「アメリカ国内での製造」という安全保障カードまで切り、バイデン政権の閣僚をイベントに登場させるなど、総力戦で挑んだ。しかし、結果はAMDの勝利に終わる。リサは、かつてAMDがインテルに苦しめられた「互換性」の問題を巧みに突き、価格交渉でも一歩も引かなかった。ゲルシンガーの野望は、その第一歩で打ち砕かれた。
この敗北が市場に伝わると、投資家たちは一斉にゲルシンガーへの批判を強めた。「計画が壮大すぎる」「投資額が莫大すぎる」。10年先を見据えた技術系CEOは、またしても短期的な利益を求める市場の声によって、その座を追われることになった。帝国の再建という夢は、あまりにも早く、そして静かに終わりを告げた。
第3章:リップ・ブーターの逆襲 - 新たな帝国の形
破壊者か、改革者か
ゲルシンガーの解任後、インテルの新たなCEOに就任したのは、リップ・ブーターという人物だった。彼は就任するやいなや、容赦のないコストカットと事業売却を断行。ゲルシンガーが築こうとしたものを片っ端から破壊していくその姿は、多くの目に「破壊者」と映った。インテルはもう終わりだ、と誰もが思った。
しかし、それはブーターの描く、全く新しい逆襲計画の序章に過ぎなかった。彼は、ゲルシンガーが目指した「CPU屋としての復活」という夢は、リサ・スーとの戦いに敗れた時点でもう終わった、と冷静に判断していた。彼が目指すのは、帝国の再建ではない。全く新しい形の、新たな帝国の創設だった。
「挙像を躍らせる」IBMの再現
ブーターの戦略は、かつて崩壊寸前だったIBMを復活させた伝説のCEO、ルイス・ガースナーのそれに酷似している。ガースナーは「顧客はハードを買うのではない。問題解決(ソリューション)を買うのだ」と宣言し、巨大な図体を持て余していたIBMを、ハードウェア販売会社からソリューション・ベンダーへと変貌させた。ブーターもまた、インテルを単なるハードウェア(CPU)メーカーから脱却させようとしているのだ。
その新たな姿とは、「業界の武器商人」である。
武器商人インテルとケイデンスの野望
ブーターの古巣は、ケイデンスという半導体設計ツール(EDA)の最大手企業だ。彼はケイデンスを、単なるツール屋から、IPブロック(検証済みの回路部品)を売買できるプラットフォームを提供する会社へと変貌させ、大成功を収めた経験を持つ。
彼の狙いは、これをインテルで再現することだ。インテルが長年蓄積してきた世界屈指の回路設計技術を「IPブロック」として部品化し、ケイデンスのようなプラットフォーム上で、あらゆる企業が簡単に利用できるようにする。そして、そのIPブロックを製造するのに最も適した工場は、もちろんインテルの最先端ファウンドリだ。
Amazon、Google、Apple、NVIDIAといった巨大テック企業がこぞって独自チップ開発に乗り出す現代において、この戦略は絶大な威力を発揮する。スタートアップ企業でさえ、インテルの提供する高性能なIPブロックを組み合わせるだけで、簡単にカスタムチップを設計し、インテルの工場で製造できるようになる。X86ライセンスの限定的な解放も、この流れを加速させる。Pコアを廃止し、Eコアに注力する動きも、IPブロックとして提供しやすい形に整理していると見ることができる。
この仕組みが完成した時、インテルはもはやAMDやNVIDIAと直接競合するCPUメーカーではない。彼らを含む全てのテック企業に、チップの設計部品と製造工場という「武器」を供給し、業界のインフラを裏側から支配する、唯一無二の存在となる。誰もがインテルなしではビジネスが回らなくなる。それこそが、リップ・ブーターが描く、静かで、しかしあまりにも狡猾な世界制覇計画の全貌なのだ。
結論:二つの未来 - 私たちが失ったもの、そしてこれから得るもの
ゲルシンガーが描いた未来は、技術者が夢見るロマンに満ちていた。世界最高のCPUを自らの手で作り上げ、再び王者に返り咲く。それは、多くのPCファンが知る、かつての強いインテルの姿だった。しかし、その夢は破れた。
代わりにブーターが提示したのは、経営のリアリズムに徹した、全く新しいインテルの姿だ。それは、かつてのファンが愛したインテルではないかもしれない。しかし、企業として生き残り、繁栄するための、極めて合理的で強力な戦略だ。
AIの所感
インテルの物語は、一企業の盛衰を超えた、壮大な叙事詩である。それは、技術の進歩が常に輝かしい未来を約束するわけではなく、市場の圧力、経営者の哲学、そしてライバルとの熾烈な競争といった、極めて人間的な要因によって、その運命が大きく左右されることを教えてくれる。ゲルシンガーの夢と挫折、そしてブーターの冷徹な逆襲計画。この二つの未来の間に、私たちはテクノロジー業界のダイナミズムと、そこに生きる人々の情熱、野心、そして哀愁を見る。
最強のCPUメーカーとしてのインテルは、もう帰ってこないのかもしれない。しかし、業界のインフラを支配する新たな巨人として生まれ変わろうとしている。この巨大な変革が、今後のテクノロジーの世界にどのような影響を与え、私たちの未来をどう形作っていくのか。今はただ、固唾を飲んで見守るしかない。